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2007/11/10
/22:18
おばけや妖怪や幽霊なんて大嫌いだ。小さい時からとてもこわかった。別に人里離れたところに暮らしていたわけではない。ラジオで聴いた落語のおばけや、講談師の話術によって、番長皿屋敷のお菊が井戸から上がって来て、1まーい、2まーい、3まーい、、、と何回も数えるところも、また、映画の四谷怪談も、漫画の蛇少女も、こわかった。今もその画面を思い出すたびに、のどから「ぎゃっ」という声が出そうになる。
兄はよく私をおどかした。突然背中を小突かれては「ぎゃっ」とさけぶ私。もっと小さい時、母の背中におぶわれて「はい、かわいい人形よ」と目の前に見せられた市松人形。それを見ても「ぎゃっ」と泣いていた。本当のおばけではないのに、一歩も歩けない私にとっては、動物をはじめ、動くものすべてが恐怖であり、おばけと同じこわさを持つものであった。
母と観た映画の中で、ろう人形が溶けていくのがあった。
中には人間が入っているという設定をあたしは知らなかった。物語の最終には、ろう屋敷が火事になり、室内にたくさん立っていたろう人形が、炎によって顔がくずれていき、その中から本物の人間がだんだん現れる、という場面にも「ぎゃあー」と騒いだ憶えがある。今から思うと情けない次第だが、心底こわい思いをした。
だんだん大人になって、おばけの映画を観ることもなく、ファンタジーやドキュメンタリー、時には美しい純愛モノミステリーなどを観るように変わっていった。
大人になって気づいたことは、おばけとは異形のものではなく、あたしを含めて、人間の心の中にもたくさんのおばけが住んでいるように思えてきた。
女性は服装と化粧で心を化かし、男性は言葉と行動で人を動かす。そんな人間同士の方が、キツネやタヌキよりも、とてもこわいような気がする。
我が家には3匹の猫がいるが、まだまだしっぽは3本に分かれてはなく、化け猫の域には達していない。おまけに目に見えない座敷童もいて、時々いたずらをする。ガサガサと音がしても「ああ、あの子もいるのね」とつい微笑んでしまう。そんなおばけならどの家にいてもいい。人の心を和ませるおばけの存在なら、あたしは大歓迎だ。
今一番こわいのは、自然災害のおばけである。さらにこわいのは、災害救助をしようとしながら、いつのまにか他の国の戦争ごっごに救助隊を派遣している自国の動きが、大きなおばけのように見えてきて、私はまた「ぎゃっ」と言いそうになる。
だが、そんなおばけなんて世界中にいるのだろう。あ〜やっぱりこわいなぁ。