私がまだちっちゃい頃、ある時間が来るとラジオを聴いていた。祖母と一緒にラジオを聴いた。ラジオから流れるアナウンサーの声は何々港から何々港に着いた男性の名前ばかりだった。祖母は毎日毎日そのラジオを聴き、割烹着の裾で目をふいていた。
その頃の私は何も知らなかった。祖母が息子の帰国を待っていたとは。
それから数年が経ち、祖母は次男の住む神戸の街へ移り住んで行った。まだ戦争の影がくっきり残っていた時であった。
私は今、祖母の歳に近くなっている。時代背景や町並みは違ってはいても、生活を人の哀しみに濡れるのは嫌だ。夕暮れの散歩道をゆっくり通りすがりの人と挨拶ができる。猫や犬たちとも語り合える。そういうふうに暮らしたい。そう思いながら時計の針は速く進む。テレビの画面に映る国を動かす人達も、焦っているのだろうか。変に子ども返りしてお互いののしり合っている人達としか見えないのは私の錯覚だろうか。
